おすすめシネマ『記者たち 衝撃と畏怖の真実』

心とカラダをゆるめるセラピスト
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今日も最近みた映画の紹介です。
タイトルは
『記者たち 衝撃と畏怖の真実』

『恋人たちの予感』のロブ・ライナー監督の作品で本人も出演されてます。




wowowの映画紹介では

2002年のワシントン。
新聞社「ナイト・リッダー」支局長はジョナサン、ウォーレンら記者たちにブッシュ大統領がイラク侵攻の根拠とする大量破壊兵器について調べさせる。
実話を再現した社会派ドラマ。
権力の暴走と闘うジャーナリストの悪戦苦闘が胸を打つ力作。

wowow番組プログラムから引用させていただきました。
ありがとうございます。



同時多発テロ9・11が背景にあるストーリーです。

見ごたえありました。

この映画を信じれば、政治は操作されているということになります。
私たちが受け取っているメディアからの情報って本当なのだろうか?
と考えさせられます。

今、テレビやネットニュースでもコロナウィルスの情報が
流れてきますが翻弄されずに判断していきたいものです。


この映画では国民の上に立つ人が、どのような価値観や信念をもっているのか。

人柄は?自我の欲求が強くなってないか?
を投影してみてしまいます。

その方のもつ愛ベースの判断であれば、愛につながるし。
自我が強ければ怖れをベースにした判断をするでしょう。


映画の中では戦争がビジネスになっているという考えがあること。
また戦地に行く兵士たちやその家族の姿も描かれます。
お金と命、命はお金で買えないのに。


これだけ、戦争の悲惨さが言い伝えられても戦争につながる怖さ。
それを判断するのは戦争の現場に行かない人たち。
私は、戦地に行くのは嫌だな。


命の大切さを知っている人たちが、
協力し合い情報を暴いていきます。

私たちが見聞きしている情報は本当なのか?
信じていいものなのか?
自分で判断できるチカラをみにつけたいものです。

私はセッションを受けるようになってから
あらゆる判断を人任せにしてきたことに気づきました。

健康に関する情報でもそうです。
テレビでやってたから、あの人が言ってたから。
気になるようでしたら実際に試してやってみるというのが大切です。
合う合わないもありますし。


やってみて感じてみて、私にとってどうかが大切なことですね。
疑いをもつ。
人の意見は参考程度に。


最後に
自分に対する否定的な思いや、相手に対する否定的な思い。
これも、戦いに入ります。

どうぞ、ご自身をいたわることが一番の平和活動です。
個人の幸せが全体の幸せにつながります。

なんか、宮沢賢治さんみたいですね。



映画、機会があればご覧ください。
愛のある映画です。





夢ならば

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♪『夢ならばどれほど よかったでしょう』

というlemonの歌詞のような案内が昨日私の元に入りました。

米津玄師さんのlemonより引用

そう、米津さんの仙台公演中止のお知らせです。
私も、友達と行く予定でした。
ミステリアスな彼の歌声を生で聴けるチャンスだったので非常に残念です。
チケットを手配してくれた友達は、私の何倍も楽しみにしていたので
落ち込みようが深いです。掛ける言葉もありません。

主催者側もかなりの英断だったはず。
これも次のいいことに繋がっているのかな~

気持ち切り替えていきます。

歌繋がりで気づいたことを今日は書いてみます。

この前、カラオケ行ったんです。
king Gnuの「白日」歌いました。
この歌を歌うの実は2度目。
前回、聴いただけで音源かけたら見事に歌えず。
聴くのと歌うのとでは大違い。

どうして聴いたようにアウトプットできないのか、
自分でも笑えます。

自分の解釈が入るのでしょうね。

ちょっと悔しかったので。
帰宅してから、YouTubeでカラオケ指導してる方の動画みました。
アイロンかけながら2回くらいかな。
それだけで、再度チャレンジしたら前より少しマシになっていて
自分にびっくりしました。

歌うポイントつかめたみたいです。

ありがとうございます。
カラオケのお兄さん。

初回は音について行くだけで精いっぱいだったのに、
2回目は音を待つような感じで口ずさめたのです。

ある意味奇跡。

こんなことかいてるけど、すごく下手です。

また、繰り返し聴いて練習したらうまく歌えるってことですね。
そんな些細なことで、びっくりしている幸せ者です。


追いかけるのと、来るものを待つのは雲泥の差です。


ここからカラオケと離れて、
日常に当てはめると

例えばの話で。
病気の人なら、病気を治そうとすることに意識を向けがちですけど
これは病気の症状を追いかけてる感じがします。


来るものに合わせるので、中々いつまでも追いつけない。

でも、今現れていることを認め受け入れていったり
生きてることに意識をフォーカスしたらどうかな。

現象を追いかけないで、
今にいるか。

治った未来を創造するか。

二つの意識。



私がアトピーで辛かった時、セッションを受け始めるようになってからは
「この痒み、辛さ、信じられないけど私のために働いている」みたいなこと言い聞かせていました。

そしたら、いつの間にかよくなっていたのです。

私の周りの方でも、健康になりたいという方ほど健康を追いかけていて
病院通いが多かったりサプリ沢山取ってるけど症状に苦しんでいる方見受けられます。
その方の気づきのペースがあるので、何も言いませんが。

自分も同じでしたからね。

とにかく、現象を追いかけてるとキリがないんじゃないかというお話です。
偉そうなこと言えないけれど、自分のために書いておきます。

私、いていいんだ。

HPにお越しいただきありがとうございます。

ブログの更新が久しぶりになりましたが、
今日からぼちぼち再開します。

ブログを書いていない間も、色んなことがありました。

今日はその一つを、思い出して記載します。



先週のセッションのお話です。

私は一番大事なのは自分でありながらも、
どこかで無条件に自分を愛することが出来ていませんでした。
ダメと感じる部分をどこかで許せてなくて、厳しいのです。

そんな私が、先週のセッションで自分自身が存在するだけでいいんだ
という無条件の感覚に包まれました。
当然、今までにもあった感覚なのですが印象に残りましたので記録しておきます。

その日のテーマは楽しみの抑圧。

私は、楽しそうにしている人にうっすら嫉妬心がありました。

日常の中でも、この思いは見え隠れしていました。
あの人は好きなことしてそれで稼げていて羨ましい。
私は好きなこと我慢して生きてきたのに。
などと。

その人のYouTubeをみて、私は笑っているのにもかかわらず。
一方でそんな思いがでてくるのです。

好きな人とは「みうら じゅん」さんです。
黒のサングラスにロン毛のね。
彼は話す内容もおもしろくて、それでいて真理をついています。

そこを切り口にセッションは始まり、
みうらじゅんさんは早々に消えて

意味あることを話さないとダメ。
そうしないと、みんなは私を凄いと思ってくれない。
私の良さを分かって欲しいという言葉がでてきます。

そのエネルギーをよく感じてみると、
お腹の方から
「みんながいるとき無理に話す必要はない。
わたしは、みんなをよくみているから困ったときに
言葉をかければいいんだ」というメッセージが聞こえてきました。

音もなく静かに伝わってきます。

私、まだ頑張ろうとしていたみたいです。

意味あることをして自分の存在価値を認めて欲しかったみたいです。

このことに気づけたら、身体の感覚はとても軽くなり心地よさに包まれました。

何にもしなくても私、いるだけでいいんだ。
そう思うと、とっても楽。
言葉さえ要らない。
空気でもいい。
この安心感。

これはハイヤーセルフの声だったのかな?
わかりません。

でも、私が想像した言葉でもなく、
内側から聞こえてきました。

意味あることがみんなに大切にしてもらえるんだ
という自我の声。
私を必死に守ってくれていて健気でした。
本当に小さな子どものアイデア。
やるじゃないか。

それを受け入れると、私のすべてを見守るような感覚を感じました。

不思議です。

この日を境に、また自分の芯が太く強くなりました。

大丈夫、どんなことがあっても大丈夫。


自分自身を含めたみえない存在にも、
感謝の気持ちが溢れてきます。


セラピストさんからは、行きつ戻りつして
段々と今までの脳の回路と違う新しい回路をつくり、
そして自己実現を叶えていくんだというお話もありました。

いつも、心に響くメッセージをありがとうございます。


これからも、こうして私は気づき変容していくのでしょう。






アートマン

HPにお越しいただきありがとうございます。

本日も短く、メモ程度に。


「生きている」とは「呼吸していること」

アートマンの本来の語義は「呼吸」だったらしい。

アートは芸術のこと

アート+人

生きていることは一瞬一瞬がアートなこと?

一瞬ごとのこの呼吸がアート

今・今・今がアートの連続なんて素敵なこと

「ごあいさつ」ページの更新

HPにお越しいただきありがとうございます。

ホントに2月?というくらい暖かい仙台です。

2月10日の夕方だけ雪が降りました。
スタットレスが活躍しました。

今日は私のHPの「あいさつ」ページを新しく書き直しましたので、
もし、よろしかったらご覧ください。
「あいさつ」のところをクリックしてみてください。



心のわだかまり

HPにお越しいただきありがとうございます。

本日の仙台は快晴です。

今日はさくっと、短く書きます。



心をみるようになり、
「星の王子様」ではないけれど
「大切なことは目には見えないんだよ」のセリフが心に響く。


心のわだかまりをみていくと
もともと傍にあった幸せに気づける。

悩み苦しみの多くは幻想。
それに惑わされていたことに気づき、
見えなかったものがみえてくる。

誰かの意見に従っていたり、
誰かを引き合いに出しているうちはまだまだ。

誰かと比べて、自分は幸せな方なんだとか。
これ以上贅沢を言ってはいけないとかいうことでもなかった。

心をちゃんと、丁寧にみていくと
自分が幸せの中にいることに気づける。
私の周りにいる人の幸せにも気づける。

人との付き合いもスムーズに循環する。
他とつながり生きている感じがする。

それが、人として心地よく生きるということなのかもしれない。

心のことを学んで振り返ると、
人に限らず沢山あるエネルギーの関わり合いの中で、
人としてどう生きたら自分は気楽なのか選べるようになってきた。

誰もが自分の世界の主人公。

自分の意思を尊重して選んで生きていけばいい。
それが出来ないとき、私は苦しいのかもしれない。

「家族の中が悪い」ことについて

HPにお越しいただきありがとうございます。

今日は私の好きなTAKUさんが、
Twitterの質問コーナーで回答されていた内容を
シェアさせていただきます。



【質問内容】
「家族の中が悪いのですが、どうすればよくなりますか?
このままでもいいんでしょうか?」

【TAKUさんの回答】
「世の中には家族の中が悪い人たちがごまんといますし、
歴史を見ても王様の後継者争いによる骨肉の争いのお話は枚挙にいとまがありません。
つまり家族の中が悪いというのは、よくある当たり前の姿であり、あるあるなんです。
そこを踏まえた上で、個人と個人の関係として、どうしたいのかを考えて見たらよいんじゃなんでしょうか?」

という内容でした。

TAKUさんのTwitterアカウントは
taku @TakuTakuteto
で検索してみてください。



さすが、TAKUさん。
素晴らしい回答です。
いつもたくさんの気づきをありがとうございます。


家族問題は、カウンセリングにいらっしゃる方の
ほどんどが突き当たるテーマです。

家族と仲が悪くなくても、
親のことはセッションの中にでてくる傾向が非常に高いです。


回答を読んで「そうだな~」と
納得・安心する方も多いと思います。
歴史を知ればわかること。
時代によって、自分の縄張りや種族を残すことは
生物の本能のひとつだと思います。




試しに、私がセッションするならでシュミレーションさせてください。
(変換が「趣味レーション」とでて笑えます。そう趣味です)


悩んでいる方は、「家族は仲が良いのが当たり前」
という思いが前提にあります。

そんなの当たり前じゃないかと声が聞こえてきそうです。
そう家族は仲がいいのが一番。
安心度の高い中で育った方が、心も身体もリラックスしていられます。

でも「当たり前のことなのか?当然のことなのか?」と
問いかけれられればそれは違います。
人それぞれになります。

そこで、うちはどうして仲が悪いのだろうと
自分の心にベクトルを向けてみると。

家族を責めたくなる気持ちがあったり、
仲良くしたい気持ちがあったり何層にも重なって
色々出てくるはずです。

過去のイメージや嫌なシーンもでてくるかもしれません。
そして、その奥にみえなくなっていた怒りや悲しみの感情を
癒してあげるとよいです。
自分に優しさを差し伸べてみてください。

そのあらゆる自分自身の中にあるものを受容してあげると、
あ~お母さんは変えられないな、
お父さんを変えることは難しいなと
何かしら自分の気持ちに変化があるかもしれません。

その上で、ここまでなら許せそう。
これくらいの距離感でなら付き合えそうとか
自分の要望が大概でてきます。

相手を変えようとするのではなく、
自分がこれなら楽でいられそうだという距離を
まずは大事にして下さい。

これがわからないという方は、セッションへどうぞ~

「相手を何とかする・自分を何とかするのは一旦脇におきましょう」
「自分の中にある、思いや感情に気づいて受け止めてあげましょう」
そこが第一段階です。

これはパートナー・子どもなど相手がどなたでも当てはまります。
自分にとって親や家族などの身近な方ほど、
お時間がかかります。

それほど、自分に関わる大切な人たちだから。
ここはじっくりです。

どうぞ、試してみてくださいね。







 

頭と肚

HPにお越しいただきありがとうございます。

昨夜は、雪がチラつき薄っすらと雪化粧。
今日は晴れたり雪が舞ったり寒いです。

思ったことをメモ程度に書きます。


「頭に浮かぶこと・肚に落ち着くこと」

頭に浮かぶことって、
大概不安などを含む思考が多い。
今にいなくて、
妄想に振り回されている感じ。
妄想のくせに本当にパワーがある。


一方でその場に集中できている時は、
やっていること自体を楽しめている。
意識は重心が下に、肚の方に落ち着いてる。

ただその場を感じ楽しんでいる。
自然の流れのままに呼吸し存在しているだけ。

昔は、頭が痛くなるほど悩んでいたな。
それは頭も重くなるわけだ。
頭の中に答えはないことがわかっていても
ぐるぐるするものです。

仕事と遊びの定義

HPにお越しいただきありがとうございます。

今日は短く
ちょこっとメモ程度に備忘録として掲載いたします。

「仕事と遊び」

遊びの定義が
「目の前のことに夢中になること」なら
「仕事で遊ぶもあり」

お金をいただくから一生懸命やるというより、
とことん純粋に楽しんでやる。
それなら自分も喜ぶ。

「仕事も遊びのうち」

とってもいい。



映画『2人のローマ教皇』を観て、神とは赦しとは

HPにお越しいただきありがとうございます。

今日は週末に観た映画『2人のローマ教皇』の感想を備忘録として
書かせていただきます。

映画の予告です。

実話に基づいたお話で、キャストは豪華で演技も素晴らしく
脚本・映像申し分ございません。



映画の解説は、映画comより転記させていただきます。

2012年に当時のローマ教皇だったベネディクト16世と、翌年に教皇の座を受け継ぐことになるホルヘ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿の間で行われた対話を描いたNetflixオリジナル映画。カトリック教会の方針に不満を抱くベルゴリオ枢機卿は、ベネディクト教皇に辞任を申し入れる。しかし、スキャンダルに直面して信頼を失っていたベネディクト教皇はそれを受け入れず、ベルゴリオをローマに呼び寄せる。考えのまったく異なる2人だったが、世界に10億人以上の信徒を擁するカトリック教会の未来のため、対話によって理解しあっていく。ベネディクト16世役にアンソニー・ホプキンス、ベルゴリオ役に「天才作家の妻 40年目の真実」のジョナサン・プライス。


映画COMさん、ありがとうございます。


この映画で面白いと感じた点は、
神に仕える教皇も、あくまで人間であり苦悩を抱えていること。
そのことがヒシヒシと伝わって共感をさそいます。


そして「赦し」について。
徐々にタイプの違う二人がお互いの胸の内を話していく、
対話のシーンは心理セッションと通じるものがあり
興味深いシーンのひとつでした。

神とつながっているとされる教皇でさえ
「神の声が聞こえなくなる不安と怖れ」
「言えずにいた罪を話すことで赦しを受ける様子」
に親しみがわきます。

人は自分が罪を犯したと感じ、
それを誰かに赦して欲しいものなんですね。

でも、それ自分でもできますのでご安心ください。


それから
告白部屋で神父様に村人が罪を告白するシーン。

映画の中ではベルゴリオ神父が、
相手の話をじっと聞かされ辛そうな表情でした。

じっと話を聞くのは相当辛いことです。
セラピストの視点がないと、私ならおかしくなりそうです。
告白する方は、話すことで赦しを乞うことができ
満足するのでしょうか。

経験したことがないから、わからないですね。


私的には告白している方には、セラピーを勧めたくなるし
神父さまには、セラピストの話を聞くコツをお伝えしたくなりました。

その方が、お互いの幸せにつながりそうです。


映画の中では若かりしベルゴリオが神父になるために、
結婚をあきらめるシーンがあります。
結婚を認められないことは、抑圧につながるな~と拝見しておりました。

映画『スポットライト 世紀のスクープ』でも
聖職者の幼児性的虐待が暴かれる作品があります。

この映画の中でも出てくる問題ですが、
この抑圧が「幼児の性的虐待」につながっていると思われます。
生物の本能を無視した、人間のルールは歪んだ形で
現れるのではないのでしょうか。


日本人である私にとって、カトリック教の世界を教えてくれる映画でした。

どこの国にも集合意識があり、そこでの価値観やルールの
中で人は生きていることもわかります。

でも、ベルゴリオ枢機卿のように神父らしくいるよりも
その役割を脱いで、その人らしく自然体で生きたとき
そこに多くの人がその魅力に集まることも教えてくれます。

この映画も時代とともに変化する、
宗教の新しい風を感じる内容でした。

このモデルとなった現、ローマ教皇は11月に日本に
来日されております。
現教皇が映画のモデルになっていること自体
とてもオープンになっていて驚きます。

好き勝手なことをセラピスト目線で書かせていただきましたが、
2人の演技に引き込まれるローマ教皇の素晴らしい映画です。

お時間があればぜひご覧ください。


最後にセラピストから。

思い込みは変えられます。
感情は癒せます。
枠にハマらずに、もっと役割を脱いで自由に生きれます。

私は心のことを学び「神様」に対する概念が変わりました。
機会があれば、そのことも一度お話しさせていただきますね。