おすすめグッズ「足半(あしなか)」

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カラダと心を緩めるセラピスト
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今日はおすすめ健康グッズ・足半のご紹介をします。

私は足半と出会って5、6年は経つでしょうか。
気仙沼の復興のお店で見かけました。

草鞋の半分よりも短い長さなのに結構なお値段。
買うか躊躇しましたが、ウンチクを読んでぜひ試し
たくなりました。

買って大正解。

履いてみると床にかかとをつけることでアキレス腱が伸び、
指の肚をつくことでアーチができます。
気持ちがいい。
鼻緒があることで、重心が定まります。
足にとって良い履物。
足に良いということは、体にいいということです。

現代人はフラットな床を歩くことがほとんどなので、
足指を使えてません。

ちなみに、手のこぶしのように足のこぶしも
でるか試してみてくださいね。
出ない方もご安心下さい。
セルフケアで改善されます。
足半もそれを手助けする履物です。

菊池体操のきくち先生、
「ひろのば体操」の今井先生、
美脚マスターの吉永桃子先生などが足指について詳しく解説されております。
ぜひ、興味ある方はご覧ください。

体育の授業でも教えて欲しいほど、重要なことです。


立っている時はひざ下の脛骨という太い骨に
親指・人差し指・中指の体重をかけるように意識してみてくださいね。
足の重心が外側だと、その影響は体の上へ上へと行きます。
膝→股関節→骨盤→肋骨→肩→首へ
足の親指と人差し指に鼻緒があることで踏ん張りの感覚を矯正できます。
アーチを使うことで、足本来の使い方をできます。

腰の痛い方、脚を痛めてる方のほとんど足に症状がみられます。


ちなみに椅子に掛けてる時は足の甲は延ばした方がいいです。
疲れが取れますよ。


この足半で、最近知ったクリエーターさんがおります。
「手作り布ぞうりのNUNO-ZOU(ぬのぞう)」さんです。
手作りのネットショップminneとcreemaで販売されております。
センスも良く、丁寧なお仕事ぶり、それでいてびっくりするほどの価格です。
対応も親切丁寧です。
私もプレゼントに購入させていただき、大変喜ばれております。

昔の日本人が考えた履物、足半。
夏から始めるのにはとてもいいです。

みなさん、ご自宅で愛用して足指を鍛えてみてください。



お気に入り映画 『恋はデジャ・ブ』

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カラダと心を緩めるセラピスト
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今日は私が何度も観てしまう、
お気に入り映画『恋はデジャ・ブ』を紹介いたします。
20代で初めて観てから、字幕・吹き替えと10回位みてます。

この作品は1993年制作のビル・マーレイ主演。
コメディあり、SFあり、哲学仏教を含んだ
魅力ある作品です。

ストーリーは天気予報士のフィル(ビル・マーレイ)が、
ある祭りの日を毎日繰り返すというシンプルなお話です。
毎日、毎日、朝目が覚めると2月2日の同じ日の朝を迎えます。

主人公のフィルは、かなり自己中な人です。
この状況から抜け出せないことを知った彼は最初は好き放題。

他者に対して誠実さもなければ、攻撃的なフィル。
彼が自分自身を否定しているセリフも出てきます。
このタイプは相手を攻撃しながら、自分を防御しています。


自分の気になる女性(リタ)に好きになってもらえるよう
あの手、この手を仕掛けていきます。

彼女の好きな詩集を読んだり、ピアノを演奏したり。
でも、そう簡単にリタの心はつかめません。

彼女に愛されることもなくそれでも繰り返される同じ毎日に、
ノイローゼになり自殺を繰り返すシーンもあります。

でも、死のうと思っても死ねない毎日。

段々とエゴ的なところが剥がれていき、

一日を、人の手助けをして過ごすようになります。
最後は周りの人から愛される人に変化していきます。

自我が剥がれて、最後は他者貢献。
それが、人の自然な姿なのかな~と拝見していました。


ここら辺も興味深いところです。


この設定の「毎日繰り返す日」って、わたしたちも同じだなと思います。


私の生活も同じ時間に起きて、職場に行くまでのルーチンはほぼ決まっていて。
職場についてからも、寝るまで同じ。
映画の設定と大差ないです。

それから私は心理セッションを受けてから、
過ごす場所も接する人たちも同じなのに
今までいた世界が変わったみたいに
生きやすくなるというフィルのような経験をしています。

内面を見つめなおすと、そういう世界が広がります。


この映画でも愛のチカラが変化をもたらすことを教えてくれます。

シンプルなストーリーに秘められた解釈を探しながら
お楽しみいただけたらと思います。











人は皆、姿形が違うように

こんにちは~

カラダと心を緩めるセラピスト
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先日ご紹介した「マドモアゼル・愛先生」が

「人は皆、姿形が違うように考え方も違うのだ。
神様は見た目で違いがわかるように人をお創りになったのだから
考えも違って当然だよ」
とお話されておりました。


当たり前すぎて忘れてしまいます。
可笑しくなりました。

同じわけがないんですよね。

愛先生いつも素敵なお話ありがとうございます。
機会があれば、ぜひご覧ください。


それで、
相手と考えが違うことは分かった。

「相手のことは変えられない、自分のことを変えよう」といいますが、
自分のことさえ変えるのって無理じゃない?と。

正確には、自分の【思考】を変えるというよりは、
実は思考に気づくことなんです。

心理学、学んでわかったことです。

よくよく思考を観察していくと、自分を変るのではなく
思考に気づく。


身体の使い方で例えると、
①肩が凝ることに気づく。
②姿勢はどうなっている?歪んでいることに気づく。
③日常的に癖のある使い方をしていたことに気づく。
④別の習慣を意識していく。

この一連の思考が、【変わる】と表現されているのかもしれませんが、
正確には気づくの連続。
気づくことで、自ずと変化していきます。

何か嫌なことがあって
①相手と自分は違う考えをもっていると気づく
②自分がどんな気持ちをもっているかに気づく

日常はそれの繰り返し。
どうしても「こうしなきゃ」と思考が次に走り出すのですが
お~い
行き過ぎだよ~もうその辺で止めといていいよ~
ジャジは不要。

思考を眺めることから、自分を知るが始まります。

そうすると、同じパターンの日常が
変わってみえだします。

相手や他に向けてたエネルギーが、
自分に向いて忙しくなります。

これが日常の心のトレーニング(笑)

そんな世界がありますので、
意識を内側に向けて気づいてください。

知ってるようで気づかなかった自分と出会えて、
おもしろいです。

私も忘れるんですけどね。


それが自分とつながる最初のステップです。

これを知りたい、この感覚をわかりたいでもわからない
という方は声を掛けてください。




 

 

 

 

自分と分かち合えればいい

こんにちは~

カラダと心を緩めるセラピスト
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ここ数日肌寒い日が続いております。


今日は過去にあった自分自身の体験を述べてみたいと思います。


一年くらい前の話になります。
その当時、ある方の発言が気にさわって頭にきていた時期がありました。

長いストーリーは割愛しますね。

ある日爆発して、夫にその方の愚痴を言いました。
頭ではその人に対する投影があると
わかっているのですが気がすみません。

夫はわたしにとって、何でも話せるよき理解者。

慰めてくれると思いきや、その話をした時
夫はその方に理解を示したのです。

私の味方じゃないの?と正直思いました。
(もうここで、敵か味方かという視点です)

いや、もっと正直に言えば私が理不尽なこと言ってても、
私の味方をしてほしかった。

私の味方じゃなかったんだ・・・
とても悲しくて、同時に夫にも腹が立ちました。
「何でわかってくれないの?」と。


悲劇のヒロインです(笑)
その時は一方的に私が泣きわめき
夫は迷惑だったはず・・・

夫は相手がどんな人であろうと、
関係なく自分の視点から意見を述べたまでなのです。

それだから頼りになる人です。

その時ヒロインは
どんなに愛してくれる人でも自分の気持ちとは
同じにはならないんだと思いました。
勝手に裏切られた感がでてきます。

では、私自身は自分の気持ちをわかってあげているのだろうか?

答えはNO。

残念なことに自分の味方が欲しいほど弱気です。
そうだよねと誰かに言って欲しがっていたのです。

あなたは間違っていない、相手は勝手だよとでも言ってほしかったのです。

久しぶりに感情が大荒れした後、
自分の気持ちを見つめてみました。



①夫に味方になってもらえなくて悲しかった。
⇒夫であっても意見は別

②自分が自分の気持ちを一番わかってあげればいい。
⇒誰かに頼っていた

③不満があれば相手に直接話してみる。
⇒言えない自分をワークする

ということがわかりました。

正しい間違っているのは置いておき。
自分の気持ちを自分で受け止める。

そこから、前に進むのです。


どんなことがあっても
自分が自分の気持ちを一番理解してあげなきゃと思いました。

そんなことに気がついた出来事でした。

このようにセッションやワークをしていても
日常には投影満載、観念満載の私が潜んでいます。
それは私の心を育んでいる大切な時間です。


許せなかったあの人も、夫もただの登場人物です。
ご出演ありがとうございました。(笑)



セッションでは、その方にあった個別の対応をしていきます。
身体で日常動作の癖が歪みをつくるように、
心にも複雑に絡み合った癖があります。

ご自身の内側に興味ある方、お声がけ下さい。

自分と上手に付き合えるようお手伝いさせていただきます。





内側で起きていることに抵抗しない

こんにちは~

カラダと心を緩めるセラピスト
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今朝配信されていた小出遥子さんの動画をみての感想です。
ぜひYouTubeで検索してご覧ください。
とても分かりやすく説明されています。
いつもありがとうございます。

小出さんは動画の中で、「内側で起きている思いや感情に抵抗しないで」とお話されています。
そのおとりですね。



普段私たちは、自分の外で起きていること(見た、聞いたなど)それをあたかも事実のように心の中で解釈が走ります。
それが思考の働きなのですが。
外で起きた出来事は「ただ起きただけ」なのです。
これ、すごく冷たい言い方になるんですが。

そのベクトルを自分の内側に向けてその時
「自分はそれをどう感じたのか」みてください。
昨日の記事に書いた観音様になるのです。

道徳的に観音様になることではありません。
観音様の視点で自分の内側をみるということです。

外で起きたことは変えられません。
自然現象です。

一方心の中でも自分の心象風景が描かれています。

反応するということは、何かしらのデーターが自分の中にあるので
みてあげるといいです。

未完了の思いは、たいてい繰り返し出てきます。

未完了の思いを抱えた小さな私と、
大人の私がお話してみてください。

小出さんが紹介されている通り、
「ホ・オポノポノ」で声掛けするのもいいですね。

やり方は、自分に合ったもので大丈夫です。

過去の小さな私、はたまたファミリー的な思い、
集合意識まで色々な思いや感情が出てくるかもしれません。

味わいたくない感覚かもしれませんが、
思いや感情にいいも悪いもないのでご安心ください。

自分自身を知ることにつながります。

やってみて、苦しくなったり辛くなる方は無理せず
ぜひ、声をかけてくださいね。

最初は言葉だけでは、わかりにくいと思いますので。

観音さま

こんにちは~

カラダと心を緩めるセラピスト
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本日は、NHKの『ブラタモリ』をみて気づいたことを書きます。
「京都・清水寺~アンコール~」の再放送からのお話です。

想い出のある京都・清水寺の回でしたので録画して拝見しました。

2018年の春分に清水寺は、心理学を共に学んだ
大阪のKさんと一緒に訪れました。

2人で歩いたところが映されると嬉しくなるものですね。
ここへは、高校生の時の修学旅行と2回訪れています。
Kさんと行った時もまだ工事中が続いていて驚きました。
50年がかりの茅葺屋根の修理らしく、
それも年内には終わるようです。
カバーが外された清水寺も参拝してみたいですね。

それでは、清水寺のご本尊「千手観音様」というお話から。

タモリさんと解説員さんのお話では、
「観音様」というのは、音を観る=衆生の声を聞く
=あらゆる人に応えよう・願いを叶えてあげようという意味があるそうです。

「観る音」をそのまま解釈すると心理セッションや
セルフワークにつながるなと思いました。
ワークでは「自身のこころをみる」ということを、
ただ・ただ解釈無しに「観る・眺める」ということをします。

この「観る」という漢字は「よくみる、みきわめる」という意味があるそうです。
こころを紐解く場合は「どんな解釈をしていたか・みて気づく」ということになります。
どんな捉え方をしていて苦しかったのか。
解釈は、その人のイメージで出来事や人をとらえていますので
同じ出来事を体験していても人それぞれの捉え方をしています。

同じ映画を観ても感想や、着眼点が違うのと同じですね。


次に「音」のことは波動とも表現されます。

物質や目に見えないものからもでている波動。
あの場所が何か重ぐるしくて近づきたくないとか、
私たちはちゃんと感じています。

その波動には、周波数があります。
そのものの、波の波長です。
発する言葉からもでています。

「観る音」で「観音様」ということは。
私たちが自分を観察していることは、
観音様の視点になっているんだなと思いました。
観ることは誰もができます。
私たちは波動的にもちゃんと物事を感じています。

そうすると誰もが観音様であり、
尊い存在であるのですね。

波動や観音様に関する専門的な説明があると思います。
詳しくは調べて下さいね。

私なり解釈に過ぎませんが、
観音様を身近に感じられる気づきでした。


今日から私も観音様として、世の中を眺めていきますか。

すぐ、忘れそうです(笑)


お詫び
先日のブログで記載した情報に訂正がありました。
申し訳ございません。

NHKBS「ファーブル昆虫記」の再放送が5月24日と記載しましたが、
2019年の5月24日でした。
番組をみようとされた方がいらっしゃいましたら、
大変失礼いたしました。

私も予約を入れようとしたら、表記がなくて・・・

残念ですが、またの機会を待ちましょう。

 



 

自分の成長のために

こんにちは~

カラダと心を緩めるセラピスト
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今日は、「相手のためにすることは、自分の成長のためにしているんだ」ということを忘れないよう書いておきます。

私の大好きな「マドモアゼル・愛」先生が動画の中でお話されていた内容です。

愛先生、いつも新しい気づきをありがとうございます。


その愛先生が、尊敬している心理学の先生と一緒にラジオ番組で
お仕事されたときに

「あなた相手を助けようとして言っちゃダメだよ。
相手のためと思ってやったらあなたは怒り出すよ」と
言われたそうです。
愛先生は、はっとしたそうです。

相手を思いやる気持ちは、人としてとても大切だけど
相手を根本的に変えることはできない。
きっかけ作り程度だと。
親身になればなるほど、その通りにしない相手を責めるようになると。

私も耳が痛い話です。
相手によかれと思いながらも、自分のためにやってたことに気づきます。

自我はいつでも自分が一番かわいいですからね。

先生いわく、相手に期待せず『自分の成長のためにすること』だそうです。

本当にそうです。
自分のためと思えば肚はたちません。
自分が行うこと全て仕事も、家事も、本当は全部自分のためですものね。


ついつい、ついつい
心のどこかで認められたいがあるんです。
これも何度もセッションで出てきたな~
だいぶ薄まりましたが。

私の母もどちらかというと「あなたのために」のタイプでした。
もちろん、全部が全部そういうわけではありません。
時と場合によります。
子どもなりに、言葉の端々にそう感じて嫌でした。
恩着せがましく、押し付けられてる感じが伝わるのですね。
だから、私も受け継ぎました。(笑)

愛先生はそのような思いで子育てすると、
どこかで罪の意識を持った大人になるそうです。

きっと私の母も、そんな風に育てられてきたのです。
母の周りの人たちもそうだったのでしょう。
母は悪くありません。
わたしもね。
嫌だと思ったことはもう引き継ぎたくないですよね。
気づいたものから終了させましょう。


困っている人を助けるのは道徳的にもいいことです。
そうあるべきと教えられます。
日本人なら特にそれは色濃く集合意識にあるような気がします。

それもどこかで自分を我慢させ犠牲にしていたり
相手を自分の思い通りにさせようとコントロール欲が働いていたりします。
よかれと思ってしたことが、相手は違う反応をしてがっかりしてしまうのは
自分の考えの押し付けや、相手への期待があるからなのです。


もちろん、時と場合、人にもよります。
でも、多くの人は困っているように話すけどアドバイスなど求めていません。
自分の気持ちを満足させたいのが大きいようです。
それは自分の潜在意識で感じていることに気が付いていないだけなのです。
気づいた人から、手放しましょう。

最後に、
「自分の成長のためにしている」と思考をチェンジさせることは大切です。

でも、何度も腹立つわ~が現れるようなら
癒されていない思いがあるのかもしれません。
そこをみてあげることは、とても大切です。

私もまだまだ、自分にやさしくしますね。





ファーブル昆虫記

こんにちは~

カラダと心を緩めるセラピスト
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今日は先日NHKBSで再放送されていた
『ファーブル昆虫記~南仏・愛しき小宇宙~(2)』を観て感じたこと書きます。

ジャン=アンリ・ファーブル(1823-1915)さんと言えば「ファーブル昆虫記」誰もが知っていますね。

私は虫は、あまり得意ではありませんがこの番組から
素晴らしい虫たちの神秘の世界を教えてもらいました。

100年も前の方ですが当時の限られた資材で昆虫の観察・実験を行い、その後の動物行動学にもつながる記録を残されました。
虫の観察は暑さの中、長時間忍耐と苦労が必要な大変な作業だったでようです。
でも、それ以上に虫の世界の神秘的な魅力がファーブルさんの心を離さなかったのでしょう。
ファーブルさんは当時新種の発見に人気があった「昆虫学」よりも、
虫たちの生活を観察する方が好きなフィールドワーカーだったそうです。

生きてる間は貧困に苦労し、
亡くなってからその素晴らしさが世界中に広まったそうです。

本当にありがたいことです。


この番組内で紹介されていた虫「カリバチ」の世界では、
獲物のクモを生きたまま麻酔をかけた状態で巣まで運び、
食料になるクモに産卵します。
幼虫が成長するまで生命維持の離れた部位から食べていくそうです。
誰に教えられたわけでもないのに、びっくりするほど能力が高くすごい技術です。
それが本能で備わっていて次の子孫を残して繰り返されるのです。

え~
これ誰が仕組んだの?
神様?なのでしょうか。
とにかくすごい本能。


他に紹介された蛾は、毛がフワフワでその部分は
とてもきれいに見えました。
タイトルどうり虫たちへの愛しさを感じます。


番組の中で登場する、研究家や写真家の皆様が楽しそうに話されるのも印象的です。

ファーブルさんを始め皆さんのお蔭で、ミクロな世界の小宇宙を知ることができました。



セラピスト視点からこの番組で共通することは、
心の観察をしていくときも、ただ思考や感情に同化することなく
眺めていくことです。

私たちが苦しくなるのはジャジしたときだから。

ただただ、眺めてください。

虫の動きが、現れてくる思いや感情。
ファーブルさんの視点が観察者です。

彼が虫の観察を解釈無しでしたように。
事実だけをひろって観てください。
その上で、自分がどんな解釈をしていたか気づいてみてください。

ファーブルさんの実験の部分を当てはめるとしたら、
観察して自分のパターンに気づいたなら次は・・・
自分や他の人と心地よく過ごす工夫にあてたらいいのかなと思います。

明るい声であいさつするとか。
何か特別なことでなく、
自分が機嫌よくいられることに意識をほんのちょっと向けてみることから始めてみてはどうでしょう。


最後に。
小さな虫たちにも、ちゃんと本能が組み込まれて生きているということ。
本能+考えているようにみえるくらいの動きをしていました。

 

虫たちもまた他の生き物と関わり合いながら、植物連鎖や子孫を残し循環して自然界を生きていました。

何も心配しなくても、自然の営みがそこにもあります。


昨日の記事にも書きましたが、自然の営みは私たちの中にもあります。



人間も虫たちや他の生き物のように、身をゆだねて過ごしていいんではないのでしょうか。

お任せで、与えられた世界で精いっぱい生きる。

人間には思考の働きがあり、理性もありますので
本能のままに生きるという単純にはいかないかもしれませんが。

またそこも、複雑に絡み合った人間のおもしろさです。
生理的な機能と思考する機能。

自己観察ぜひおすすめです。



こういう番組大好きです。
『香川照之の昆虫すごいぜ!』の番組でも昆虫たちの素晴しさを
おもしろおかしく教えてくれます。
NHKさん、ありがとうございます。

再放送5月24日にありますので、良かったらご覧くださいね。


それから、
自分の事って本当に同化しすぎてわからないので、
コツをつかむまでの感覚を知りたい方はセッションをオススメします。

ぜひ、体感を通じて感覚でつかんでみてください。

只今、オンラインでお待ちしております。
お気軽に声をかけてください。


日々是好日

こんにちは~

カラダと心を緩めるセラピスト
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最近の記事でも「死」について触れておりますが、
今日も思うことがあり書いておきます。

実は先週の5月7日、患者さんの息子さんが亡くなったという知らせを受けました。
亡くなった方はまだ27歳。
その息子さんも患者さんで、しばらく通院していた時期があり
驚きました。

バイク事故で突然の出来事でした。
家族みんなで接骨院にいらしていたので、
ご家族の気持ちを思うとかける言葉がみつかりません。

心からご冥福をお祈りいたします。


今回のことでも、
死は否応なしに、肉体を強制終了させられるなと思います。
どんなに呼んでも、もう返事はないのです。
お母さんも「息子の遺体を焼きたくない」と話していたそうです。
肉体を残したとしても、もう生き返ることはありません。
生きているものたちは、死んだという事実に合わせるしかないのです。


東日本大震災のときの自然現象もそうでした。
人間の作ったものはいとも簡単にのみ込みこまれ、
多くの方が命を亡くされました。
自然に太刀打ちできないこと思い知らされました。
そこには有無を言わせない、大きな力が働いていました。

突然の死も、病気で亡くなる死も、自然災害の死も
死に変わりはありません。

人が亡くなるということに、自然の中では
いい悪いはないのでしょう。
ただただ大きな力が流れの中で働いているだけなのかもしれません。

寿命まで生きるのがいいと思うのは人間の思いでしかないのでしょう。
自然から死を眺めた場合、命にたいする捉え方は人とは違うと思いつつも
私も、大切な人たちや猫たちとはなるべく長く一緒にいたいです。


正直、よくよく考えると何で身体が自然に動いているのか不思議です。
自分の体さえ、自分の意志で動かして生きてるように思えるけれど、
実のところコントロール不可です。
自分の意志で心臓を止めたりできませんし、
血液が身体を巡る、呼吸をする、トイレに行きたくなるカラダの働き全て
自然におきてます。
植物や虫、魚、あらゆる生命と同じように人も自然の現れ。

自分で自分をコントロールしていない。

「何か」の働きを感じずにいられません。

生きているというより生かされているといった方がよいのか分かりませんが、
何か大いなる存在のチカラが働いているのだと思います。
呼び名は何でもいいです。
きっと呼び名なんてものさえないのです。
人間の頭では捉えられません。


人はこう考えると身をゆだね、
お任せで生きていくしかないのでしょうね。


自分のいる環境や出会いの中で、生きていく。
ご縁の世界というのでしょうか。
がんばる必要がないと言われるのはそういうことなのでしょう。


亡くなった患者さん、自分の意志をもった行動的な
おしゃれなかっこいい方でした。
消えるように亡くなったけど、彼のエネルギーを感じられます。

死は生きてるものには辛く、わからないから不安にもなります。
私の家族は今のところ元気です。
誰かが亡くなったら深く悲しむでしょう。

その時に自分がどうなるのか考えると怖い感じもします。
抵抗せずに、感じたままにありたいです。

自分が家族が元気だからこそ、
死とはどういうもので、生きるとはどういうことなのか知っていたいのです。


いつか訪れるその日まで、日々是好日。
日々を生きていきたい今日この頃です。

 

マスクから伝わるエネルギー

こんにちは~

カラダと心をゆるめるセラピスト
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今日はありがたいな~と感じた気持ちを書いておきます。

日本国民、いや世界中の人がマスクの使用を要請される日が来るなんて誰が想像したでしょう。
本当に映画の世界が現実化されているようです。

最近では「コンビニでマスク買えた」
「スーパーで買えた」などと耳にするようになりました。
でも、私は目にしてないんだよね~
そんな私のもとに舞い降りたマスクの話をひとつ。

連休前日、接骨院で患者さんから話の流れで
「マスク足りてる?もしよかったら譲りますよ」と。
大切なマスク、その方も使うだろうからと断ったのですが
「遠慮しなくて大丈夫です」という言葉を伺って
「それでは」と譲り受けました。
洗って使い始めていたので、そろそろ買わないとな~と思っていた
矢先大変助かりました。

同じ頃、大阪のKさんからもメールで
難病のお友達が手作りマスクを作っているから送るねと。
そのお友達、毬も手作りされていてそれも同封するからと。

それ以前にも接骨院の奥様、夫の友人からも
マスクを分けていただいております。


皆さん、優しいです。
その優しさに心打たれます。

患者さんが譲ってくれたマスクは46枚で600円。
あれ?ニュースで聞く値段より安くてびっくり。
これが正規の値段らしいのです。
それでも前より100円上がったんだとか。
そんなに安かった?
それさえ今聞くと安すぎるように感じます。
モノの値段ってわかりませんね。

あまりマスクを箱買いしてなかったので、
元々の価格がピンときません。

朝早く並んで購入したよという方もいるのに助かりました。

以前の私だったら、気を使い遠慮したかもしれません。
でも、これもプレゼント。
みなさんからの温かい気持ちです。
遠慮せず、素直に甘えることにしました。

Kさんから届いたマスクも本当にかわいらしく。
ピッタリサイズ。
Kさんと色違い。嬉しいです。
同封の毬のキーホルダーも細やかでカラフルな色使いで
一生懸命、ひと針ひと針作られたかと思うと胸が熱くなります。
パワーが違います。

自分の出来ることをされてて、すごいです。

これが協働という社会の在り方なのでしょう。

こんな風に人と関わるんだよ。
気持ちがいいよね。
と教えられている気がします。

心から、お礼申し上げます。
皆さん、ありがとうございます。