こんにちは~

カラダと心を緩めるセラピスト
UNLEARNのHPにお越しいただきありがとうございます。

今日は、「相手のためにすることは、自分の成長のためにしているんだ」ということを忘れないよう書いておきます。

私の大好きな「マドモアゼル・愛」先生が動画の中でお話されていた内容です。

愛先生、いつも新しい気づきをありがとうございます。


その愛先生が、尊敬している心理学の先生と一緒にラジオ番組で
お仕事されたときに

「あなた相手を助けようとして言っちゃダメだよ。
相手のためと思ってやったらあなたは怒り出すよ」と
言われたそうです。
愛先生は、はっとしたそうです。

相手を思いやる気持ちは、人としてとても大切だけど
相手を根本的に変えることはできない。
きっかけ作り程度だと。
親身になればなるほど、その通りにしない相手を責めるようになると。

私も耳が痛い話です。
相手によかれと思いながらも、自分のためにやってたことに気づきます。

自我はいつでも自分が一番かわいいですからね。

先生いわく、相手に期待せず『自分の成長のためにすること』だそうです。

本当にそうです。
自分のためと思えば肚はたちません。
自分が行うこと全て仕事も、家事も、本当は全部自分のためですものね。


ついつい、ついつい
心のどこかで認められたいがあるんです。
これも何度もセッションで出てきたな~
だいぶ薄まりましたが。

私の母もどちらかというと「あなたのために」のタイプでした。
もちろん、全部が全部そういうわけではありません。
時と場合によります。
子どもなりに、言葉の端々にそう感じて嫌でした。
恩着せがましく、押し付けられてる感じが伝わるのですね。
だから、私も受け継ぎました。(笑)

愛先生はそのような思いで子育てすると、
どこかで罪の意識を持った大人になるそうです。

きっと私の母も、そんな風に育てられてきたのです。
母の周りの人たちもそうだったのでしょう。
母は悪くありません。
わたしもね。
嫌だと思ったことはもう引き継ぎたくないですよね。
気づいたものから終了させましょう。


困っている人を助けるのは道徳的にもいいことです。
そうあるべきと教えられます。
日本人なら特にそれは色濃く集合意識にあるような気がします。

それもどこかで自分を我慢させ犠牲にしていたり
相手を自分の思い通りにさせようとコントロール欲が働いていたりします。
よかれと思ってしたことが、相手は違う反応をしてがっかりしてしまうのは
自分の考えの押し付けや、相手への期待があるからなのです。


もちろん、時と場合、人にもよります。
でも、多くの人は困っているように話すけどアドバイスなど求めていません。
自分の気持ちを満足させたいのが大きいようです。
それは自分の潜在意識で感じていることに気が付いていないだけなのです。
気づいた人から、手放しましょう。

最後に、
「自分の成長のためにしている」と思考をチェンジさせることは大切です。

でも、何度も腹立つわ~が現れるようなら
癒されていない思いがあるのかもしれません。
そこをみてあげることは、とても大切です。

私もまだまだ、自分にやさしくしますね。